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【連載】離島メガネ① 祝詞が止まった

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【連載】離島メガネ① 祝詞が止まった

2020/05/07
西海岸を望む

「島に住んでいるのですか」と驚かれた後には必ず、「どんな暮らしですか」と続く。さて、どんな面白い返答ができるだろうか、と考えてみるが最近はなかなか思い浮かばない。きっと本土にはない非日常な経験を期待されているのだから、私の発見した新鮮な体験をそのまま伝えれば良いのだろう。しかし、飛島に暮らして過ごした8年間は、私をすっかり島人に仕上げたようだ。方言で言葉がほとんど聞き取れなかった飛島1年生の頃を思い返しながら島の日常を綴ってみたい。

飛島港周辺

そういえば、この春には祭りがあった。1年間の大漁と安全を祈願する例大祭だ。集落の外れから潮の香りが漂う海岸を歩き、石造りの険しい階段を上ると、木々に覆われ少し暗くなった場所にひっそりと神社が佇んでいる。

八幡神社例大祭

「あかりつけれ」と言われて発電機のロープを引っ張ると、社内を小さい電球がぼんやりと照らした。祭壇のロウソクを灯すと、じきに太鼓や笛が鳴り始める。楽譜に起こせないような少し曖昧さのある音色に合わせて、獅子は堂々と天狗は軽快に舞う。神楽を初めて見たときには、つかみどころのない動きと迫力に圧倒されたことを覚えている。

社内のあかり
天狗舞

この忘れがたい光景も当たり前の風景に変わってきた。ただ、今年の祭りには印象的な出来事があった。宮司の祝詞が止まったのだ。この方は島の出身で、代々宮司を務めてきた家系にある。普段は気さくで親しみやすい人柄だが、神事の間はとても真剣だ。厳かな祝詞は祭りに緊張感を与えている。詞を間違えた訳ではなかった。声が震えて先に進めなくなったのだ。実は、祭りの直前に一人の島民が亡くなっていた。明治時代に建てられた木造の民家に住んでいて、私も多くのことを教わった漁師だった。参列した人たちは、少しの間を置いてから悟る。しかし、誰も何も言わなかった。平均年齢70歳を超える島では、誰かが亡くなることは珍しいことではない。祝詞は再び唱えられて祭りは無事に終わった。

祝詞

祭りを機に島の1年間は始まる。冬に吹き荒れた日本海は落ち着き、海中には様々な海藻が芽生え始める。ふきのとう、たらの芽、わらびなどの山菜も楽しみだが、まだ若いうちの柔らかいワカメもまた春の訪れを感じさせてくれる。また島の生活が始まったのだ、と何気なく節目を伝えられるのだ。

茹でたワカメを干す
ワカメをとる道具
メカブ

最近、孫が生まれたという話も聞いたし、身体の調子がよくないという話も聞いた。この小さい島では、良いことも悪いことも目の前にはっきりと現れる。考えてみれば、当たり前のことなのかもしれない。笑えることも悲しいことも、バランスを取りながら、まるで何事もないかのように島の暮らしはのんびり続いていく。

合同会社とびしま
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この記事を書いた人
松本 友哉

Matsumoto Tomoya

1988年山口県生まれ。2012年に山形県の離島・飛島に移住し、島の仲間たちと「合同会社とびしま」を設立する。社内では、企画とデザインを主に担当。飛島を舞台に新しい自治体のかたちを模索中。
 

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