暮らし・ライフスタイル
【連載】日々是好日③~郷土料理
今住んでいる場所や人、環境に感謝をし、その中で自分に出来る事は何かを考えて日々精一杯生きていくことが出来ればどんなに楽しいだろう、そう思ってこの先もずっと過ごしていきたいと思っています。
夏は我が家の畑の野菜が一番賑やかになる季節です。旬の食材によってdaybydayのプレートは日々組み立てられていきますので、私にとってはとても嬉しくありがたい季節に突入です。産直やスーパーの野菜売り場も彩り鮮やかでワクワクしますね。
特に重宝するのがアレンジも料理もしやすい茄子。中でも庄内在来野菜の一つ民田茄子という小茄子が一番好きです。今は薄皮小茄子が主流ですが民田茄子は皮も実も肉厚で歯ごたえがあります。小さい頃から食卓によく登場していたので馴染み深く何より小さい頃の夏を思い出します。
蝉がジリジリと鳴く暑い夏の海坂藩を舞台に武士の淡い恋物語が描かれた、藤沢周平の「蝉しぐれ」にも登場しました。藤沢周平も愛した民田茄子。
やはり塩漬けにしてご飯と一緒に。ビールにもよく合う郷土料理。郷土料理という言葉でいつも思い出す場面があります。
知憩軒で仕事をしていた頃、母より歳上と思われる女性のお客さまが食事をしていると急に涙をながし「なつかしくて」と言って箸を置いたのです。母の作った蕨のたたきを食べていた時でした。料理を懐かしんで涙を流しているその姿を見て私の郷土料理という存在が深い意味を持ち始めたような気がしました。
懐かしくて自然と涙が溢れてくる郷土料理。ひと口食べた瞬間に作ってくれた人の顔やその時の風景、暮らしや匂いまでが蘇るのかもしれません。なんて素晴らしい料理なんだろう、美味しいという表現以外に人に感動を与えられる料理があるのだとその女性に教えていただきました。
その土地で風や空気を感じながら長く暮らしてきたおばあちゃんやおじいちゃんが、その土地だから生まれた食材と作り方で、ずっと受け継いできたのが郷土料理。
郷土料理はスプーン何杯分と計量するものでも誰かに習うものでもなく、長い間その土地に住み、暮らし、常日頃から口にすることで自然と自分の身体に染み付いた料理です。狙わずとも馴染みの味になるもの。
当時の私は郷土料理を作らなくてはならない、田舎料理はこんな感じだろうかと料理を作るエネルギーを違う方向に向けていたように思います。そんな考えは結局着地点を掴めずあちこちに気持ちが揺れてしまい、作る料理は自分らしさが皆無でした。
あの時、女性の涙を見て初めて「郷土料理」の本当の意味を知り、「郷土料理」を誇りに思いながら作れるようになりました。
daybydayのプレートには時折郷土料理が登場することがあります。小さい頃からよく食べて身体に染み込んだ料理です。あの時の女性のように私が作った料理が誰かの記憶を蘇らせ、懐かしい気持で食事をしていただけたなら幸いです。そして郷土料理の良さを次世代へと伝えていくことも私の大切な仕事だと思い、季節毎のメニューに取り入れるようにしています。
あの藤沢周平が民田茄子を小説に取り入れたのは、やはり懐かしく思う特別な料理だったからなのかもしれませんね。そんなことを妄想しつつ民田茄子がメニューに加わるこの季節を愛しく感じながら、ヘタを取り塩漬け作業ができる幸せな時間を楽しんでいます。
写真/土田貴文
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長南みゆきChonan Miyuki
食生活の管理不足が原因で体調を崩し、東京よりUターンした後、家の食事で体調が戻り食の大切さに気づく。2003年に母と農家レストラン「知憩軒」を鶴岡市の自宅で開業。2017年独立し酒田市に「daybyday」開業。庄内の野菜をベースにした郷土料理、日常料理を提供している。