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【連載】四十路のハイジ 第13回
お盆もとっくに過ぎ、山の生活残り1/3

暮らし・ライフスタイル

【連載】四十路のハイジ 第13回
お盆もとっくに過ぎ、山の生活残り1/3

2020/09/11

柴燈祭(さいとうさい)

前回7月は雨続きと書きましたが、その後も雨が続き青空を見ることはかなり稀な状況がお盆開けまで続きました。せめて8月13日の柴燈祭には晴れてほしいと願っておりましたが、願い叶って恵まれた天候のなか柴燈祭を行うことができました。柴燈祭のことはてっきり昨年書いていたと思っていましたが、今読み返したところそうでないことに気がつきました(汗)。

亡くなった御霊は月山に集まるといわれていますが、柴燈祭とは山に上がってきている御霊を、お盆の始まりと共に里の家に送るために行われる夏山期間の大事な行事です。月山本宮のお祭りと思われている方も多いかと思いますが、中ノ宮そして佛生池小屋でも行われます。まず山頂の月山本宮で火を焚き、その火を見て佛生池小屋で火を焚き、その火を見て中ノ宮が火を焚きます。

かつては7合目~1合目それぞれに小屋があった頃にはその各小屋でも行われました。山頂から順に御霊の道しるべとなる火が下がっていくのを見て、里の人たちは迎え火を焚いたといわれています。佛生池小屋の前で火を焚いても8合目から見えません。ですのでこの日だけ小屋の前に広がる丘の上に上がりそこで火を焚きます。ここからですと、頂上の火も中ノ宮の火も見ることができます。今年は柴燈祭の時間だけ雲が切れ、両方の火がとても良く見え素晴らしいお祭りとなりました。

この火の向こうに、中ノ宮の火が見えます。
登山道からは外れているので普段は立ち入れない丘の上に、その日宿泊のお客様と共に上がります。
佛生池の柴燈祭だけは神職さんがいらっしゃらないので、毎年神仏習合の手作り感あふれる柴燈祭ですが、今年は山辺町にある和光院さんがお泊まりでしたので導師をしてくださり、本格的な柴燈祭に。

あっと言う間に2カ月経ち

という小見出しを書きながら「本当かな?」とカレンダーを見返してみましたが、山に上がったのが6月24日なので間違いないのです。

ガスっている日が多い月山ですが、こんな雲ひとつない青空の日も。


例年7月からお盆まではお泊まりのお客様も多く忙しさのピークです。早朝からお参りにみえる講の方々もお寄りになりますので睡眠時間も短く、途中で栄養ドリンクに手が伸びることもありました。忙しさと「あぁ、早くこのピークを越えないかな」という切望によりその期間がとても長く感じるのですが、今年はその繁忙期間がなかったため、あっという間に過ぎ去ってしまった感があります。

あっという間でしたが色々な思い出も。お客様にお湯を頼まれたので、お湯割でも飲むのかな?と思っていたら、食堂から歓声が上がり見に行くとティーセレモニーが始まっていました。
親子で遊びにきてくださった方々も、この日はのんびり親子+我々水入らず。お鍋の材料を買ってきてくださり一緒に夕食を。
繁忙した週末にみる夕日は格別です。


こう書くと時間を持て余していたように思えるかもしれませんが、1名でもお泊まりがあればひと通りの準備がありますし、今年から義母が引退し主人と2人での営業になったことと、やはり若女将から女将になったことですることが増えたりと、コラムを更新するまでに随分時間がかかってしまったことへの言い訳ともなっております(すみません…ぺこり)。

今年初のブロッケン現象。
8月末、渡り蝶のアサギマダラがたくさん飛んできました。小屋の中にもふわりふわり現れ、居合わせた人を楽しませてくれました。
お泊まりのお客様がいない日は、夕方オモワシ山に上がってみたり。



山の生活も残り1/3を切り、少しずつ下山のことも考えつつの生活に切り替わっていく時期に入りました。次回のタイトルが「山はとっくに閉じて」にならないように、引き続き山での生活をお伝えしていければと思います。

今年はお泊まりのお客様が少なく早起きもあまりないので、朝日を見る回数も少ない。
この記事を書いた人
風間 重美

Kazama Emi

東京の海抜0メートル地帯で生まれ、40歳で鶴岡へ単独Iターン。月山が開く夏の間は、嫁いだ主人の営む月山佛生池山小屋へ移動し山で暮らす四十路のハイジ。本業はイラストとデザイン、夏の間は標高1,745mからデータ送信しています。

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