観光・街歩き
【連載】庄内ちいさな旅① あたりまえの毎日と人を慈しむ旅へ、でかけよう ~鼠ヶ関~
庄内ちいさな旅。記念すべき第一回の旅先は、庄内最南の町「鼠ケ関(ねずがせき)」。なんといってもイカ・名物おかみ・水揚げ額庄内イチの漁師・恋する灯台・松・史跡……地域の人から聞いた、なんだかワクワクするようなキーワードをたよりに出かけてみた。
鶴岡駅からJRで45分、車でも無料の高速道路を活用して50分の距離なのだが、なにしろ道中にトンネルが多くてちょっぴり残念。いそぐ旅なら高速を、目的地以外のお楽しみも旅の醍醐味にとあらば、ぜひ、庄内浜の漁港をたどりながら走る約1時間10分の国道7号線ルートをお選びください。ほんの20分の旅路の違いが、きっと庄内旅を美しく彩るはずですよ。
「鼠ケ関」といえば、今年6月の山形県沖地震でその名を知った人も多いかもしれません。観測史上はじめて、山形県内で震度6以上の揺れを記録したという今回の地震。その爪あともまだ多く残っているのだけれど、それを乗り越え〝日常を生き生きと送る人たちに会いたい〟と、訪ねた。
約束の時間に「鮮魚店 丸武(まるたけ)」を訪れると、おかみさんは遅れてくるという。かつて町に十数軒あった民宿も、いまでは三軒。時代とともに訪れる人も減少したが、宿の運営に加えて鮮魚店の経営、法事などでの仕出しと人気の「丸武」だ。おかみも飛びまわっているのだろう。おかげで鮮魚店の名物スタッフ・かずえっちとのおしゃべりのチャンスを得て、楽しくなりそうな鼠ケ関旅がスタート。するとマスク姿のおかみさんが車で登場、「ちょっと瓦かたづけるの手伝ってくるから、待ってて」。役所の人や界隈の数人からも「丸武は評判がいいよ」と話を聞いていた。このとき「民宿 丸武」自慢の料理をいただく前だったのだけど、ご近所さんの地震のあとかたづけを手伝って登場したおかみの佐藤有記さんに、心はわしづかみにされる。
ふつうの人のあたりまえの日常にふれる旅をしたい。こちらのそんな思いをすーっと受けとめ、写真映えする干しイカ売りのおばちゃんのところへ寄り道。ご主人の国光さんお気に入りの「弁天茶屋」へ、ぜひご一緒にとラーメンランチにも誘われた。漁協直営の茶屋では、有記さんの中学からの同級生・佐藤福美さんも合流。食後のアイスまでもご一緒し、完全に取材を忘れて過ごしていた。有記さんといえば、話を聞いている間もひっきりなしに電話がなったり、誰かに呼び止められたり。動けば知っている人ばかりで、互いを気遣う言葉があったかい。そんな合間にも旅人への心配りを欠かさない。海産物やメロンやらが、いつの間にか車に積まれていて、別れ際に手渡されてた。
国光さんは「女神に囲まれて幸せ者だ」なーんて笑って話すけれど、ほんとの話。三女一男に恵まれ、丸武で働くのは地域で腕自慢のかぁちゃんたちに、国光さんと鮮魚店を切り盛りするかずえっち。幸せそうに微笑む国光さんの姿にホッとして、幸せな時間をあとにした。
お腹も心も満たされたところで、町を歩いてみる。山形県の天然記念物指定を受けた「念珠の松」は、約400年前から庭師が代々手入れを続けつくりあげられたそうだ。地を這うように延びる美しい松は、全長20mにもおよぶ。庭園では季節の草木、花々が静かに四季を告げていた。庭園と同じく、集落のただ中にある新潟県との県境碑も、ぜひ見つけてみてほしい。数年前からこの境界線を用いて反復横跳びをする、なんていうユニークな試みも話題とか。記念スタンプも置いてあるので、ちょっとした旅の記念にどうぞ。
次の約束まで少し緊張しながらも、鼠ケ関を見渡せる丘にある「瑞芳院」へも足を伸ばしてみる。戊辰戦争の際、恋する灯台のある弁天島沖から撃たれた砲弾は、かつて境内にあったケヤキの木の幹にのめり込み、寺は直撃を逃れた。その砲弾の隣りにそっと添えてあったファイルが、目にとまった。住職のご子息が小学生のころ〝自由研究〟としてまとめた記録なのだが、砲弾や鼠ケ関にまつわる歴史をわかりやすく知ることができる。砲弾や当時の貴重な歴史書類に加え、このファイルもぜひ見てみてほしい。
〝ウワサ〟の漁師・本間金弥さんに会うため、ふたたび漁港へ向かい、組合を訪ねた。緊張していたのは、漁師独特の無口さ無愛想さ(=男らしさ)を勝手にイメージしていたからなのだけど、会ってみればなんと、口数は少なかれど男前ではないか!
鼠ケ関漁協で若手のリーダー的存在の金弥さんは、東京から戻り、縁あって漁師の道に進んだ。底引漁で10年、準備から漁のすべてを一人で行なうはえ縄漁へ転向して8年目を迎える。競売が休みの火曜と土曜を除いてなるべく毎日、海へ出るようにしているという。「毎日ちがわんで(違うので、という庄内ことば)、いつも出ているひとにはかなわね」と金弥さん。さすが山形県沖水揚げ金額ナンバーワンの実績の持ち主。情熱やひたむきさが垣間見えた瞬間だった。タイやマグロのほか、獲れたらやっぱり嬉しいノドグロ、秋からはサワラがメインになるそうだ。夏場は夕方から夜明け頃まで、秋からは早朝と夕方の2度の漁に出る。手技や勘、判断力などを駆使し、自然相手に大海原で挑む仕事には、想像を超える壮絶さがあることだろう。そして「頑張れば頑張っただけご褒美がある」と金弥さんが話すように、苦難を越えるやりがいや生き甲斐があるのだろう。うーん、海の男に常人以上のかっこよさを感じてしまうのは、私だけだろうか。港で再び遭遇できるチャンスを期待して、きっとまた鼠ケ関港へ足を運んでしまいそうだ。
磯の香りに包まれ、漁港に暮らす人のあったかさに触れた庄内最南の町「鼠ケ関」 への旅。せっかく来たのだからと「あつみ温泉」へも足を伸ばしたい。そう思う人も車で10-15分圏内に温泉街へも行けるので、海と山のどちらもをぜひ楽しんでみてほしい。鼠ケ関港では10月26日(土)に、とれたて!お魚市「カニまつり」も行なわれますよ。
【鼠ケ関 町めぐり情報】
民宿/鮮魚店 丸武
民宿:山形県鶴岡市鼠ヶ関1-3
Tel.0235-44-2185
鮮魚店:山形県鶴岡市鼠ヶ関 字興屋乙6-2
Tel.0235-44-2265
念珠の松庭園
山形県鶴岡市鼠ヶ関 乙-126-10
弁天茶屋
山形県鶴岡市鼠ヶ関乙41-1
Tel.0235-44-2589
瑞芳院
山形県鶴岡市鼠ヶ関甲365
Tel. 0235-44-2274
道の駅 あつみ「しゃりん」
山形県鶴岡市早田戸ノ浦606
Tel. 0235-44-3211
本間 薫Honma Kaoru
鶴岡と新潟・村上市の境の集落に嫁ぎ、子そだてに嬉しい発見の日々を送る。九州と東京の2都市育ち、嫁入り直前の京都暮らしを恋しく思いながら、庄内の魅力を見つけて伝えたい(あわよくば自転車で)と願っている自転車アクティビスト、編集者・ライター。