アート・デザイン
おりがね工房
驚きの金属加工表現、その続き。
クレードル2019年9月号「Cradle’s Choice」で紹介している「おりがね工房のむしむしピン」。しかし実は、山形太一さんの表現テーマは生き物だけではありませんでした。もうひとつのテーマは「甲冑」です。
甲冑シリーズの始まり
令和元年8月初旬の夏真っ盛り。取材で訪れたのは、「奥湯野浜温泉 龍の湯 蔵ギャラリー氷室」で開催されていたおりがね工房の「むしむしゃ展」です。近在の蔵を移築したというこの歴史ある空間に足を踏み入れると、金属製の虫たちとともに、甲冑姿のたくさんのミニ武者たちが私たちを迎えてくれました。
虫シリーズはクレードルで紹介したとおり本物さながらのリアルさですが、鉄砲を構える庄内藩士や刀を構える武者など、こちらの甲冑シリーズも驚くほど精巧でリアル。どのようにこのシリーズが誕生したのか山形さんに伺いました。
「金属加工による表現活動を始めてしばらくは自分が好きな虫たちをただひたすら作っていたのですが、虫が苦手な方もいますし、実用的なものがほしいという声を結構いただいたんです。それでアクセサリーやカトラリーなどを作ってみたのですが、何かしっくりこなくて。それで、やはり私は思いっきりリアルな形を追求することで、観る人に感動を与えたいと思い直したのです」。
そこで着眼したのが、金属の硬さや重さを活かしつつ、虫以上に細やかな動きの表現が必要となる“甲冑をまとった人間”でした。「若い頃、勤めていた会社でフィギュアを作っていたので、その経験も活かせたと思います」と山形さん。
広がる甲冑シリーズ
こうして始まった甲冑シリーズ。高さ15㎝ほどの武者たちは、作り始めた頃は棒立ち姿だったものの、次第に動きが加わって躍動的な姿となり、それらが組み合わされた展示風景からは武者たちの声が聞こえてくるかのような息吹が伝わります。一体一体の完成度も、紐などのやわらかな素材感から刀を持つ手の表情まで驚くほど精密で、ついつい目が釘付けになってしまいます。
「去年より動きのある作品を作ったせいか、今年は足をとめてじっくり観てくださる方が多くて、歴史や甲冑のことをあまり知らない方にも、詳しい方にも評価していただけるので、嬉しい限りです。今後は歴史の有名な一場面をテーマにした展示をするなど、さらにストーリーを感じられるシーンを作りたいです」。
山形さんのこの甲冑シリーズは思いがけないところでも評価されました。今年の4月から6月まで開催された酒田市松山文化伝承館の企画展「松山の甲冑と火縄銃」で、甲冑シリーズの同時展示が行われたのです。
「その際に、酒田市指定文化財の甲冑をミニチュア化して展示するというご提案も頂きました。お話があった時は驚きましたが、全国いろいろな地域に甲冑は残されていますから、そういった貴重な文化財をミニチュアで再現させていただく機会があれば、今後も積極的にお引き受けしたいです」。
「虫+甲冑」で新たな表現を
さらに構想を練っているのが、甲冑と虫を組み合わせた表現です。山形さんは、かつて日本では実際に甲冑にトンボなどの縁起の良い虫があしらわれていたという史実があることから、いろいろな虫をうまく組み合わせたオリジナルの甲冑をデザインし、創ってみたいと話します。
「最近、実物にそんなに忠実に作らなくてもよいことがわかってきたので、実際にはそんなふうに甲冑に虫があしらわれた記録はないけれど、その方が立体として面白いねって感じてもらえるような表現ができればと思います。僕のするべきことは、実物の再現ではなく、創作ですから」。
硬くて重いイメージがある金属を、硬くないように、重くないように見せたいと常に実験している山形さん。ひとつの表現ができると、次の新たなる展開が見えてきて、作品づくりがますます面白くなっていくと話します。興味がある人は、ギャラリーを併設する「おりがね工房」にぜひ足を運んでみてくださいね。
(文=長谷川結 写真=間真由美)
おりがね工房
山形県鶴岡市錦町16-7
Tel.0235-77-4486
[むしむしゃ展 フォトギャラリー]
Cradle編集部Cradle Editors
庄内の魅力を発信する、出羽庄内地域文化情報誌「Cradle(クレードル)」を隔月で発行。庄内に暮らし、庄内を愛してやまないメンバーたちの編集チームです。