アート・デザイン
庄内ふむふむふむ4「羽黒・芸術の森」
鶴岡北高校 生徒取材
月山を望み、木や草花に触れ、アートや食事が楽しめる羽黒・芸術の森。高校生や大学生など地域の若者とも協働し、楽しみながらこの森の活かし方を探る3人の運営メンバーにお話を伺いました。

羽黒・芸術の森って?
鶴岡市出身の画家・今井繁三郎さんの作品を収蔵・展示する「今井アートギャラリー」、季節のおいしい料理をいただくことができるレストラン「ovenKato」がある、鶴岡市羽黒町の小さな森です。第二次世界大戦が終結した1945年に、「月山が見えるところで子育てをしたい」とご家族を連れて帰郷した今井さんが、暮らしと作品制作の拠点として拓いたのが、この森の始まりだそうです。メタセコイアやドイツトウヒなど、この辺りではなかなか見ることができない木々を植えたり、江戸中期の蔵や、明治期の鶴岡裁判所の執務室を鶴岡市街地から移築したりして、現在のような佇まいをつくり上げてきました。



今井繁三郎ってどんな人?
「たくさんキャンバスを並べて、四六時中絵を描いていましたね」と振り返るのは、この森でともに暮らした孫のわかなさん。「個展を開き、絵を売って生計を立てていたので、描かないことには暮らしていけないわけで。画家とはいえ、当然筆が進まないこともあり、そんなときは大体庭に出て植物や動物の世話をしていました」。旧制鶴岡中学校(現鶴岡南高等学校)時代から絵画、特に洋画に興味があり、卒業後画家を志し上京した今井さん。美術雑誌『美之國』の編集長業、自由美術家協会の立ち上げと奔走しながら、作品制作に精力的に取り組んでいましたが、第二次大戦を経て帰郷、以降91歳で亡くなるまでこの森で絵を描き続けました。「否定という行為はほとんどせず、なんでも受け入れるような人でした。絵に限らずさまざまなものからインスピレーションを得て、自分の表現に取り入れていましたね」。
世界情勢、自己の心情や境遇など、その時々で関心が強いものが描かれる今井さんの絵は、作風が固定的ではなく、そのほとんどにタイトルがつけられていません。「先ほどの、否定をしないという話にもつながりますが、タイトルをつけなかったのは、人それぞれの解釈で絵を楽しんでほしいという思いからなんです。タイトルをつける場合も、会場に並べてみてしっくりこなければ違うタイトルをつけたり、柔軟に考えていましたね」と同じく孫のあさ野さんは、懐かしそうに話してくれました。






山大農学部や東北芸工大、羽黒高校など、地域の若者たちとともに整備してきた遊歩道。
森は、誰に 受け継がれた?
今井さんが亡くなった2002年以降、わかなさんとともにこの森に暮らした母・木草さん(今井さんの四女)が中心となり、今井繁三郎美術収蔵館(現今井アートギャラリー)を運営してきました。しかし、12年後の2014年、継続運営が困難になり休館に追い込まれてしまいます。「母のサポートをしようにも子育てに追われ手が回らず、一時は閉館も考えました」。
困ったわかなさんは酒田で暮らすお兄さんに相談し、親族や所縁ある人たちと今後について話し合う場を持ちました。「私たちを含め13人の孫がいて、うちの兄妹以外は首都圏にいたんですが、夏休みには決まってみんなで集まって過ごしました。思い出の場所だし、これからも集まりたいし、なんとか続けていきたいねという話になって」。ふとしたことから白羽の矢が立ったのが、当時東京で博紀さんとビストロを営んでいた、あさ野さん。「祖父が生前、『ご飯食べたり、お茶飲んだりする場所があるといいなあ』と言っていたという話になり、飲食店は人も呼びやすいしいいねと。幸い子どもも自立していましたし、無理な話ではありませんでしたが、悩みましたね。寝ずに考えたのは、あのときが初めて。まあ一晩で結論は出たんですけどね」。


休館を経て、 どう変わった?
こうして、あさ野さん・博紀さんの移住が決まり、「羽黒・芸術の森」という新たな名前で再び動き出したのが2016年のこと。今井繁三郎美術収蔵館は「今井アートギャラリー」となり、わかなさんが館長に就任。受付業務をボランティアの方にお願いするなど、無理のない運営体制も整備しました。「協力を申し出てくださる方がたくさんいて、『任せていいんだ』と気持ちが一気に楽になりましたね」。併行して始まったovenKatoのオープン準備でも、「たくさんの方が力を貸してくださった」とあさ野さん。「2年間ちょこちょこ通いながらアトリエスペースをお店にしていったんですが、水も電気も止まっている中で寝泊まりしながら手伝ってくれる学生さんもいて、本当にありがたかったです」。






これから、 森はどうなる?
音楽ライブや写真などの作品展示、書道、植物に親しむワークショップなど、近年さまざまな形でこの場所を楽しむ人が増えていて、それは運営に携わる3人が描く未来にもつながっているそう。「いろんな人が関わってくれて、ともに歩んでいける場所にしたいというのが一番で、少しずつそうなっている気がします」とわかなさん。「いつも話し合っていることだから、大体同じ」と前置きをしつつ、博紀さんとあさ野さんも今後について話してくれました。「レストランという形式にこだわらず、今井繁三郎がつくり上げてきたこの場所を、次の世代につないでいきたいです」。「血のつながりがなくても、この場所を気に入ってくれて、何かやりたい、つないでいきたいと思ってくれればそれでいいし、そう思ってもらえる場所にしていきたいですね」。






羽黒・芸術の森
住所 山形県鶴岡市羽黒町仙道字一本松5-175
電話 0235-62-3667
Instagram https://www.instagram.com/hagurogeijutunomori/
取材後記

「国なき民Ⅻ 飢餓」の絵がとても印象的でした。描かれた女性や子どもが伸ばした手から、世界中の飢餓による苦しみをなくしたいという今井さんの願いが感じられ感銘を受けました。(佐藤)
有名画家の絵だけではなく、子どもが描いた絵もたくさん見て、自分の表現に活かしていたというお話から、既成概念にとらわれず物事をいろんな角度から見ることの大切さを学びました。(澁谷)
「庄内ふむふむふむ」は 庄内2市3町「庄内広域行政組合」、 山形県庄内総合支庁が応援しています。
取材・編集・文=クレードル編集部、工藤拓也 / 写真=間真由美 / 協力=羽黒・芸術の森、鶴岡北高校書道部
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