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大切なことのものさしを変えることで心豊かな生活が見えてくる 「憧れの庄内暮らし」

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大切なことのものさしを変えることで心豊かな生活が見えてくる 「憧れの庄内暮らし」

2019/11/29

Coworking Kitchen 花蓮 Karen 主宰・櫻井田絵子さん

進学就職のため40年近くを東京で過ごした櫻井さん。製薬会社で人事を担当、やりがいもあり「自分に合っていた」というその職を手放し、庄内暮らしをリスタートしたのが今から3年前。現在は地元鶴岡市大山で「コワーキングキッチン花蓮」を主宰しています。櫻井さんが新しい暮らし方を選んだ理由と、暮らしてから思うこと感じることを伺いました。

きっかけは東日本大震災、そして母との別れ

人事の仕事は採用や人材育成、海外からの採用とその協力者を見つけること、採用者の環境が落ち着くまでを整えるなど、高いコミュニケーション力と調整能力が必要な職種。製薬会社だったその中で「食」や「健康」にも関わってきたけれど「今思うと何にもわかってなかった」と実感していると言います。

着実にキャリアを積んでいく中で起こった2011年の東日本大震災、同年脳梗塞でご自身のお母様を亡くされると「ずっとこのままでいいのかな」とそれまでの暮らしに疑問をもちはじめました。

「母親の味というのが記憶の中で、とってもいいなというのがあって、都会暮らしの人で「食」に答えを求めているような人と、生産者の方が繋がり合う場所ができたらと思い、5年越しで庄内に帰ってきました」

戻ってすぐは仮住まい。アパートで暮らしをはじめたらそこに落ち着いてしまうからと、兄弟の家に居候したり、ゲストハウスに泊まったりしながら、ユニークな庄内住まいがはじまりました。

手作りの食卓と、プログラムのないリトリート体験

木のぬくもりを感じられる吹き抜けの2階建構造

場所や建物を探しながら縁あって見つかった現在の場所に、キッチンを中心にしたコワーキングスペースをオープンしたのが今春2019年の4月のこと。現在は料理教室や食のイベントなどを目的にレンタルしています。

「キッチンってすごくいいと思うんです。みんなで一緒に作った料理だと、思いを感じるし、食卓を囲みながらだと自然に会話が弾むんですよね」

当初から思い描いていた生産者と人を繋ぐこともゆっくりとはじめています。

遠方に住む友人が遊びに来てくれた時に、知り合いの農家さんに「今から行ってもいい?」と電話すると「やっちゃねくて〜」と恥じらいながらも喜んで受け入れてくれる、そしてそんなことを言いながらも、持ちきれないほどの野菜をお土産にしてくれる。いわゆる庄内人らしいおもてなしや素朴な農家さんの姿に触れると、お返しにその日の手作り晩御飯に招いて、いただいた野菜を「バターソテーにして仕上げたら農家さん喜んでくれるかな!」などと話し合って、張り切って 料理を楽しむのだそうです。

だだちゃ豆の季節だけではなく、シーズンオフの冬も来たいってと年に4回も来てくれる友人も。リピーターもすごく多いのだとか。写真は大山上池

もうひとつ興味深いのが櫻井さんオリジナルの「リトリート体験」。

リトリートとは本来、「日常を離れ自分を癒す」という意味。県外から数日訪れる人に「ものすごく特別なことをする訳ではない」と言いながら櫻井さん自ら案内します。例えば小雨まじりの杉並木を歩いてみるのもいいよと羽黒山に行ったり、大山の上池下池が近いから散策しようかとか、今からだと夕陽もいいよと会話をしながらその人にあった場所を提案すると、本人が選びながら決めていくことで、自分の中にある好きなことの感覚が取り戻されていくのだとか。

「その人その人に合わせて、その日の天気にあわせて行動を決めるような手作りの旅がきっといいんですね。これが不思議なことに、プログラムにしちゃうとうまくいかないんですよ。なんでなんでしょうね」

会話の途中「りんご食べませんか」と、輪切りにしたりんごをバターとグラニュー糖でソテーした一皿をいただきました。(なんとすてきなおもてなしでしょう!)

「こういうことを一緒にやりたいんですね。一度、治療中で味覚がなくなった方がいらした時に、味がわかったって言うんですよ。ふきのとうの味噌を一緒につくった時かな?」

味覚も、自然とともに過ごしながら自分たちで料理することで蘇ることもあるのかもしれない。そんな風に食をベースに人の繋がりが出来たり、庄内の自然と出会ってくれる拠点になれば、と語ります。

あたたかい涙が流れてきた不思議な体験が最後のひとおしに

都会に出て「いつか地元に戻れたら」と思う人は、少なからずいると思います。やりがいも楽しみもあって友人もいる環境の中で、戻る選択もあれば、戻らない選択もあるとしたら、最後に櫻井さんの背中を押したのは何だったのでしょう。

櫻井さん自身これまで体験したことがない出来事を、ゆっくりと言葉を選びながら教えてくれました。

櫻井さんのおばあさんのおじいさんにあたる高橋兼吉さんは、松ヶ岡開墾場や旧西田川郡役所などを手掛けた建築家で、「宵越しの金はもたない、金はみんなのために使う」と言いながら酒を振る舞うような、そして自然に周りに人が集まるような人気者だったそう。腕前や厚い人望もあって酒井家のおかかえ棟梁になり、やがて山居倉庫など庄内の歴史に残る建築物を遺しました。

「いつかテレビで兼吉さんが作った建物を、移築のためにみんなでひっぱる映像が流れていたんです。みんなで残そうと一生懸命。それを見た時に、祖母から聞いていた兼吉さんの人をつなぐ生き方の話が思い出されて、そんな公益のような気持ちがはじめて心に芽生えたんです」 そして、自然と涙が溢れ出て止まらない。それは涙と言うより今まで感じたことのない、温かみのあるもので「自分に何が起きているんだろう」と感じるくらい 1 時間以上も流れ続けたそうです。「食と人をつなぐ場所」をイメージしつつも、当時の仕事はなかなか辞められず、 庄内に帰る準備から行動に移ったのは4年後でした。「その涙が溢れ出た時にぐずぐずしている場合じゃない、場所が決まってからのことは考えすぎないでその時感じたことをやればいいって思ったんですね」

金銭的なものさしをやめて豊かな心の広がりを求める

「例えば庄内では栗が20個で400円。旬の素材が新鮮なまま手に入る。それってすごく豊かなことですよね。渋皮煮を作ったら、こんな大変なものを〜って、み〜んな言ってくれるんです。 この町に来てから教わった料理で誰かを喜ばせられるのがうれしくって」

現在はゆったりと自分らしい生き方をしているように見える櫻井さんも「東京にいたころはエコノミックアニマル級にガツガツしてたんですよ」と。けれど震災以降に頭に浮かんだ疑問と母の味への想いが重なる中「キッチンスペースだから出来ることは、まだまだ可能性があると思うから、粘土を何度もこねるように考えているんです」と、今もまだ模索の中にあるということを教えてくれました。

それでも、兼吉さんの生き方を思い起こして流れた涙があるから、食と人のつながりをこの場所から届く人に伝え続けていきたいということ、そして人とのつながりは偶然ではないということ、そんな根底にある思いを頼りにしていけば「みんなが笑顔になれる空間に、5 年後くらいにはなんとかなるんじゃないかなって思うの!」と、迷いを吹き飛ばすようにチャーミング に語ってくれました。

まだまだ外からみた庄内は人を魅了する要素がもっとあるはず、だからあえて庄内に憧れ要素をもったままで暮らしたいという櫻井さん。魅力的な空間と食、そしてこれからの櫻井さんが感じとる庄内とご自身の暮らしの話を、旬の食材を一緒に料理しながら、また語らいたいと思いました。

会社員時代に比べると安定的ではないけれど、「金銭的価値から目線が変わって、工夫して暮らすようになった」そんな風に精神的には広がりをみせているのだそう

Coworking Kitchen 花蓮 Karen
住所:山形県鶴岡市大山2-44-25
https://www.facebook.com/Karenthekitchen/

この記事を書いた人

Honma Satomi

山形県庄内在住のフリーランスフォトグラファー。地域の広告、各種出版物などの取材・撮影の傍ら、庄内の様々な魅力を伝えるべく活動中。
 

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