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【連載】離島メガネ⑥ 貝をひろい食べる
島には「グッチョ」という貝がいる。磯の岩陰に生息している一円玉くらいの大きさの巻貝である。グッチョというのは総称で、マグッチョ(コシダカガンガラ)、タカグッチョ(オオコシダカガンガラ)、アオグッチョ(イシダタミガイ)という種類がある。出荷されて市場に出回ることはほとんどないので、基本的に島民だけが知る珍味である。
グッチョを採集するには胴長を履いて浅瀬に入っていく必要がある。少し深い場所やさざ波が立つようなときはガラス箱(離島メガネ②参照)を使う場合もある。グッチョは「とる」というよりも「ひろう」と表現する。小さな貝の岩場に踏ん張る力は人間にとってはわずかなもので、道具を使わなくとも少しの力で集められる。島の磯で腰を曲げて歩き回っている人を見かけたら大抵グッチョひろいを行っている。磯は島民の共有地であり地区によっては口明け(解禁日)が定められている場合もある。
グッチョの下処理はまず塩水にしばらく浸けて砂抜きをする。次にガラガラと洗って水から茹でる。さて、ここからが大変である。小さな巻貝に細い針を刺してクルクルと身を剥(む)いていく。初めての人はコツを掴むまではひとつ剥くのに1分近くかかってしまうこともある。
しかし、バケツ一杯のグッチョを処理するにはひとつ数秒で剥いていく必要がある。島民の家にはグッチョ専用のマチ針が常備されていることも珍しくない。黙々と剥いているだけではつまらないので、たまに味見をしてみると磯の香りと肝の苦味が口に広がる。これだけでも十分に珍味だが、ここに醤油やめんつゆで味をつけた煮汁と大根おろしでおろし煮にすると更に複雑な味わいになる。この味わいは舌の記憶に鮮明に残り、島に暮らす人々を時にグッチョひろいに向かわせる。
ところが島から本土に渡るとグッチョを味わうことはできなくなる。進学や通院などで島を離れた人たちは一度はグッチョの味を思い出したことがあるのではないだろうか。しかし、この味わいはいくらお金を出しても本土では売っていない。
一方で、島に暮らしていればいつでもひろいに行けるしお金もかからない。本土に暮らしている人が島の親戚に頼んでわざわざ送ってもらうこともあるそうだ。「お金なんて必要ない」という楽観的なことを言うつもりはない。しかし、お金だけでは手に入らない素敵な価値が足元に転がっていることもある。それは小さな巻貝のように、知らなければ気づきもしないことがままあるのだろう。
合同会社とびしま
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松本 友哉Matsumoto Tomoya
1988年山口県生まれ。2012年に山形県の離島・飛島に移住し、島の仲間たちと「合同会社とびしま」を設立する。社内では、企画とデザインを主に担当。飛島を舞台に新しい自治体のかたちを模索中。