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Cradle編集長 庄内ひとり歩き③
「新緑の鳥海山の麓を巡る」

観光・街歩き

Cradle編集長 庄内ひとり歩き③
「新緑の鳥海山の麓を巡る」

2020/06/04

いつもGWに出かけ巡る出羽富士鳥海山の麓。今年はひと月ほど遅れたが、好天に誘われ向かってみた。

鶴岡から車で出かけ、遊佐町に入り右手に折れ蕨岡に向かう。小高い丘を少し登ると入口に向かう道が見え、鳥海山大物忌神社蕨岡口ノ宮に着いた。神社は欽明天皇の御代(約1,450年前)の創建と伝えられる。後に出羽國一の宮となった。活火山である鳥海山は、その噴火は大物忌神の怒りであると考えられ、噴火の度に大和朝廷から高い神階が授けられたという。本社は山頂に鎮座し、麓に「口の宮」と呼ばれる里宮が吹浦と蕨岡の二か所にある。鳥海山にも修験があったが羽黒修験のように一山として一致団結して組織することはなく、各登拝口ごとに修験集落を形成し、中でも蕨岡修験は三十三坊と称し強大な勢力を誇った。

宿坊集落の面影を残す上寺地区の中央に神社の境内は位置し、随神門を潜ると右手に朱塗りの神楽殿が見える。5月3日の例大祭では山形県指定無形民俗文化財「蕨岡延年」が奉納される。

さらに参道を進み三ノ鳥居を経ると本殿が姿を現す。明治29年造営の社殿はとても豪壮でしばし見入った。境内には、酒田の豪商本間光丘逆修の宝篋印塔も見られる。

口の宮を後に、鳥海山に向かう。坂道を下ると新緑に覆われた鳥海山がその壮大な姿を見せた。ここからの鳥海山は絶景である。GW頃には菜の花越しに、そして今日は柿の木の枝越しにその山容を眺める。さらに進み夏に重要無形民俗文化財「杉沢比山」が奉納される杉沢熊谷神社を右に折れると、田植えを終えたばかりの水田越しに鳥海山が現れる。

さらに進むと月光川の清流が見えてきた。
月光川は薬師如来の脇侍の一つ月光菩薩に由来する。中世以来、本地垂迹の思想により、薬師如来を本地とする鳥海山の南面を流れる二本の川を脇侍の月光菩薩、日光菩薩に見立て、月光川、日向川と名付けたという。清らかな月光川の流れ、そして緑豊かな鳥海山の景色に心まで洗われる。

さらに進むと山神社の小さな祠が見えた。
ここの奥から望む鳥海山も私は好きだ。

さらに北へ進むと白井地区に至る。
ここから西を見下ろすとなだらかに田んぼが続く。そして田んぼの端に見えるのが「ギャラリー&ティールームSui」だ。今日のもう一つのお目当てはここ、しかしあまり車が見えない。「やはりまだ開けてないのかなぁ?」と思いつつ下るとClosedと貼り紙があった。

「そうか。」と残念に思いながらも折角来たからと少し裏手に回る。

誰もいない庭に椅子が置いてあった。そこにゆっくり座ってみる。

目の前に広がる田植えを終えたばかりの田んぼ、そしてその奥に雄大な鳥海山が聳えている。鳶が二羽、上空を戯れる。小鳥のさえずりも聞こえる。新緑の、田んぼの土の、そして田んぼに張られた水の匂いがすうっと入って来る。五感を通してうららかな5月の自然を味わい、その中に溶け込む。自然の中に戻りようやく、安らぎに包まれた。

いま世の中は新しいウィルス感染に覆われている。ウィルスとは共存するしかないという学者もいる。自然の中の一員に過ぎない人間、その人間が余りにも自然を蔑ろにしてきたのではないか。ふとそんな思いにとらわれた。

Suiに隣接するご自宅に寄り声を掛けてみると、ご夫妻が元気な姿で現れた。「感染が広がる中で、他地域の人が多く訪れてくれるこの店から発生させる訳にはいかないとしばらく休むことにしたんです」とご主人。少し中に入らせていただいた。大きな窓越しに望む鳥海山。

いつかまた、ゆっくり美味しいコーヒーを飲みながらこの雄大な自然に心も体も預けられる日が来るだろう。そう願って「Sui」を後にした。

この記事を書いた人
小林 好雄

Kobayashi Yoshio

株式会社出羽庄内地域デザイン代表取締役。地域文化情報誌「クレードル」編集長として自らツアーガイドも務める庄内の魅力発掘請負人。

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